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笹山弁護士の労働相談

その22

質問

Q22 3年目の看護師です。同期の友人のことで相談です。  職場でちょっとした事で、先輩から「お前は嘘つき」、「看護のかの字も知らない」なんてキツク言われているそうです。そんなのおかしくない? と言ったのですが、「私にも悪いとこあるし」と落ち込んでいます。心配です、どうしたらいいのでしょうか?

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答え

パワハラに関わる問題ですが、パワハラそのものというより、その被害者の受けた影響について考察する問題です。

 結論から言えば、これは自死につながる危険な状況です。注意深く友人の様子を観察するとともに、友人のことであっても、あなたが労働組合に相談して対策を検討してもらいましょう。

 職場のパワーハラスメントとは、「同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為」を言う、とされています(2012年1月の厚生労働省のワーキンググループの提案する定義)。

 

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なにがこの定義に該当するかの判断は難しいところですが、人間に対する非難というものは、その人の行為に対して行うべきものであって、その人の人格に対して向けられるべきではありません。この観点で考えれば、「お前は嘘つき」といったその人の行為ではなく、その人そのものを攻撃する言動は、「業務の適正な範囲を超え」るものということができます。ご相談のケースは、パワハラが行われていると考えて良い場合です。

 さて、パワハラが行われていると周囲の人間が考えたとき、その周囲の人間はどのような対応を考えるべきでしょうか。とりわけ、当の被害者本人が、「大丈夫、心配しないで」と言っているような場合には、本人がそういうのだからということで何もしないという対応をとるということで構わないかという問題があります。

 この点は、私は専門家ではないので、これまで担当してきた事例の経験からお話しするということになりますから誤りが含まれるかもしれません。その留保の上で、以下をご覧いただきたいと思います。  

その事件の当事者Y君は、高校、専門学校と希望通りの進路に進み、友人たちと趣味や学校生活で楽しく過ごし、希望の資格を取得して、その資格を生かした職場についた。順風満帆といえる人生だったでしょう。ところがその職場の上司から、「お前はジャイアンみたいだ!」などと毎日のように罵られ、2か月後、体調を崩して休もうとして電話をかけたら、「上司の言うことが聞けないやつはいらないんだよ!辞めてしまえ!」と罵倒された。彼は電話の後、衝動的に公園で自死を遂げようとしたところを、パトロール中の警察官に偶然発見されて保護された。ここに至るまで、彼は同居の家族から、「なんだか疲れているんじゃない?休んだら?」と言われたり、最終的には「辞めてもいいんだよ」とまで言われていましたが、「大丈夫、大丈夫」と答えていました。保護ののち行った病院で、彼はうつ病と診断されました。  彼はその後解雇され、私が解雇無効とパワハラ被害を争う裁判を提起し、勝利和解を得ました。上司に対する恨みの気持ちに凝り固まっていた彼ですが、和解の席で裁判官から「君は悪くない。いままで辛かったね」と声をかけられたことに号泣し、その後劇的に症状は改善。和解後2か月で新しい職を得て、今は元気に働いています。

 私の体験した上記事例や、似たような案件に共通していることをいくつか抽出します。

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  • ・本人は周囲の心配の声に本気で大丈夫と答えている。  まじめな人ほど、それまでの人生において失敗経験の少ない人ほど、弱音はそう簡単に吐けないもの。また、多少弱音は吐いても、自分に対する自信もあり、「大丈夫」と本気で思っている。
  • ・責められても仕方がない面があると本人も自覚している。  Y君の場合、新卒で、「若いし経験も少ない、だからアドバイスする」と言われればその事実については否定のしようがなかった。また、とくに現代の20代、30代の青年層は、「できないのは努力が足りない自分が悪い」という自己責任論を学校教育の場で叩き込まれている。だから、できないという動かしがたい事実の結果を突きつけられると、職場全体のありようや上司の指導の仕方といった様々な事実を総合的に考慮することなく、「自分が無能だからいけない」という結論を短絡的にくだす。
  • ・自分の心が自分が考えている以上に蝕まれていることに気が付かない  その結果、自分の心身の状況を客観視できず、自分の心が想像以上に蝕まれている事実になかなか気が付くことが出来ず、本人にとっても意外なほどに衝動的に自殺を選択する。
  • ・人間はやはり社会的動物  人間が自分の価値を見出すのは、やはり社会の輪の中において。説得力ある具体的事実に基づいて、他人から肯定され認められたとき、人は自分の価値を見出す。このときが自死から遠い状況。

 以上の特徴に鑑みれば、「本人が大丈夫だと言っているのだから大丈夫だろう」と判断し、ことを放置するのは誤りだということが導き出されます。

 パワハラに対しては、労働組合が団体交渉によってパワハラ行為の中止の約束をさせたり、職場の引き離しなど、様々な対応をすることができるでしょう。労働組合は、本人からの相談でなくとも、本人への話を含め、対応策の相談に乗る機関です。上記事例でY君が裁判官からの言葉に励まされたように、ご相談者の友人の場合も、加害者の先輩よりもさらに先輩や立場が上の人から、「君は悪くない。いままで辛かったね」といった言葉をかけられたら、その言葉に救われるかもしれません。組合はそういった対応も含め、力になれる組織です。

   異常を探知したら、友人でも家族でも、労働組合への相談を早急に開始しましょう。

 また心身に変調がある場合は、医師の介入が不可欠です。

 医師の受診や労働組合への加入対応を含めた相談では、家族や友人にとっては、ある意味、本人の「首に縄を付けてでも」、連れていくということが必要になります。

  

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昔、私の大学時代の同級生が、ブラック企業に入社してしまい、本人は3か月で、見る影もない状態になっていきました。そのとき、彼の母親は、それこそ彼の首に縄をつけんばかりの勢いで、嫌がる本人を退職させ、実家に連れ帰りました。当時私も、「そこまでやるかー。」と否定的な感想を持っていたのですが、その企業はその後過労死事件を引き起こして訴えられました。今では、彼の母親の行動に敬意を持っています。

 さて、そうなると次の問題は、周囲の人間がどうやって異常を感知するか、ということです。本人が多少愚痴を言っている程度のことかもしれないのに、いちいち大人の人生に介入するわけにもいきません。

 このあたりはうつ症状をどのように見分けるかということとリンクすると思います。やはり、基本となるのは次の諸点でしょうか。

  • ・長時間労働
  • ・食欲の不振
  • ・睡眠不足
  • ・趣味など好きだったことに関心を示さなくなる
 見落としがちなのが「長時間労働」ではないかと思います。上司から厳しく当たられ、何とか挽回しようと感じている人は、仕事をやり上げようと考え、時間をかけて仕事に取り組む傾向にあるでしょう。労働時間が長くなればなるほど、危険信号サインと言うべきです。

 そのほかの3つの事由は、うつ病の典型的症状であり、これらの兆候が認められ始めたら、やはり危険水域に入ってきていると判断すべきと思います。

 「パワハラは違法で、家族や友人であっても労働組合に相談を!」という点は、私の専門内ですが、その他のことは経験に基づく話ですから、もっといろいろな観点が出てくる話だと思います。病院支部のみなさんの間でも、積極的に意見交換していただけたらと思います。

                              以 上

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