戦争法案が成立したら、医療従事者は戦争に協力させられるの?

質問その23

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Q23 現在、国会で審理されている安保法制関連法案が可決されたら、看護師も戦地に行かされるかもっていう話を聞きましたが、本当ですか?怖くてふるえます

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時期にかなったご質問です。

結論としては、「あり得る」ということになります。とくに自治体の職員であるみなさんには、かり出される危険があります。良い機会ですので、現在国会で審議されている安全保障法案の問題点とあわせて考えてみましょう。

 

1、既にある有事法制で医療従事者は動員可能

まず大前提として、現在、既に存在している有事法制がある、ということを確認しましょう。この有事法制で、医療従事者を動員できる仕組みはすでにできあがっているのです。

下記の「有事法制の全体像」をご覧ください。

そもそも有事法制とは、「外部からの攻撃など、国の有事に対応する法制」のことです。早い話、日本が侵略されるようなことが起きたら、それに対して国を守る体制を発動できる法律上の仕組みのこと。2000年代の前半、現実にそのような心配がないにも関わらず、実際上は戦争準備ではないかということで多くの反対の声があるのを押し切り、小泉政権が整備しました。

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この有事法制によれば、自衛隊法第103条により、自衛隊が防衛出動した場合、都道府県知事は、国の要請により、公用令書を発行して、病院・診療所の管理を行うことができますし、医療従事者には業務従事命令を出すことができます。

ここでいう公用令書とは、公の必要性があるために、官庁が私人に対して命令する文書のことです。公務員も私人に含まれます。自衛隊法第103条の仕組みについては、下記の図を参照してください。

また、武力攻撃事態法によって、対策本部長である国は、地方公共団体が実施する対処措置に関する総合調整を行うことができます。この「総合調整」に対して地方公共団体の長は意見を述べることはできますが、それ以上の権限がなく、事実上対処措置が強制される仕組みです。都道府県知事は、救援の実施として、医療の提供を含む必要な措置を行わなければなりません。

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これらにより、医師、看護師等の医療従事者は、都道府県が発令する公用令書によって徴用されたり(自治体職員は優先的に徴用されると考えられています。)、都道府県知事の業務指示によって救援としての医療行為に従事しなければならない場合が規定されています。

なお、これらの法令には医療従事者に対する刑罰は規定されていません。したがってこれらの命令に従わない場合に処罰を受けることはないでしょう。ただ、都知事の業務指示に従わない場合にあたるとして、懲戒の対象となることは通常の業務指示違反の場合と同様です。

2、安倍政権がしようとしていること

 現在の有事法制は、「日本での有事」、つまり日本への武力攻撃、日本の周辺地域に発生する事態に対応する法制となっています。

 安倍政権はこの制約を外すべく、2014年7月1日に集団的自衛権の行使となる武力行使の「新3要件」を定めました。下記のものです。

 これに基づき、2015年5月に通常国会に提出された安保法制関連法案は、平和安全法令整備法という10本の法律の改定を一括して提案するものと、国際平和支援法という新設法案とを提案するものです。右記のものです。

安倍政権が、現在の有事法制で飽き足らず、集団的自衛権行使の閣議決定や今回の安保法制関連法案の制定しようとする理由はどこにあるのでしょうか。

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安倍首相が説明したのは、日本と国民の安全を守るためというものであり、例えば「外国で有事がありそこから米軍艦艇が邦人を救出・搬送しているときに他国あるいは武装勢力が当該米軍艦艇を攻撃したとき、自衛隊が米軍艦艇への攻撃を排斥する」といった事例が想定されることをあげています。

しかし、これは本音ではないと考えられます。なぜなら、安倍首相が引き合いに出した事例は、米軍自身が他国での有事に遭っても外国の国民を米軍が救出・搬送することはない旨を言明しているからです。

では本音はどこにあるのでしょう。アメリカが日本に対し「ブーツ・オン・ザ・グラウンド」と言って米軍と行動を共にすることを要請し続けていること、そのために憲法第9条の存在が障害になることを言明していること、安倍首相自身、憲法を「改正」して「自衛軍」を置くことが悲願であること、「2+2協議」というアメリカ高官と日本の外交トップの間で、日米軍事協力連携を深める体制が強まっていること、そして、 今回の安保関連法案の国会提出前に安倍首相は、渡米してアメリカ議会で演説し、この夏までの安保関連法案成立をアメリカに対し約束していること、といった事実を踏まえれば、アメリカと共同作戦を行って海外で自衛隊が作戦行動できるようにすることが狙いであると考えられるわけです。

げんに、この8月に参議院で暴露された防衛省の内部文書では、法案の成立及び2016年2月の施行を前提に、2016年3月に自衛隊が南スーダンPKO(国連平和維持活動)派遣され、その部隊が他国部隊の戦闘に参加する「駆けつけ警護」を行うなどの行動計画が示されていました。

法案の内容からも、自衛隊が様々に作戦行動できるようになる法案であることがわかります。法案が成立すると、下記の図2のように、「切れ目のない(シームレスな)対応が可能となります。

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つまりは、例えば尖閣諸島に外国の不審船が近づいてきたときにも、国連軍が組織されない場合であっても何らかの関係する国連決議さえあれば多国籍軍の活動(例えば、アフガニスタンにおけるISAFのような場合が考えられます。ISAF(国際治安支援部隊)とは、アフガニスタンで「治安維持」を行ったNATO指揮下の多国籍軍のことです。)にも、PKOの場合でも、ホルムズ海峡に機雷がばらまかれたりしたような場合でも、自衛隊が出動することができます。

これらによって自衛隊ができることは何かといえば、次を指摘できます。

・海上警備行動1
強力な武器を所持していると見られる艦船・不審船が現れる等、海上保安庁の対応能力を超えていると判断されたときに、防衛大臣の命令により発令される海上における治安維持のための行動。自衛隊法第82条)
・他国の軍隊に対する駆けつけ警護
PKOで活動中の自衛隊が、他国軍やNGOなどの民間 人が危険にさらされた場所に駆けつけ、武器を使って「助ける」こと。
・他国の軍隊(主に米軍と考えられる)の活動に対する後方支援
補給戦とも呼ばれる。第一線部隊の後方において作戦を支援するあらゆる業務を包括する概念で、主要には兵站活動のこと。兵站活動とは、戦争において作戦を行う部隊の移動と支援を計画し、例えば物資の配給や整備、兵員の展開や衛生、施設の構築や維持などのこと。
・集団的自衛権行使となる防衛出動
戦争行為そのものです。
 

3 安保関連法案の危険性

要するにシームレスとは、いかなる国際紛争の類型であっても、事態がどのように発展しようとも、状況に応じて自衛隊が柔軟に活動できるようにするということです。

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そして、それらの活動の際、一貫して危険視されるのは、「なし崩し的な戦争への突入」です。海上警備行動や、後方支援は、それ自体、他国の軍隊や勢力に対して直接戦闘行為を行うするものではありませんが、他国の軍隊や勢力が攻撃を加えることによって、自衛隊が反撃をする形で戦争に突入していくタイプの行動をとることが懸念されます。

さらに、安保関連法案は、事前の国会承認の原則の例外が用意されており、国会の判断なく戦争行為に突入する場合が想定されています。

つまり、歯止めがないということなのです。ふとしたきっかけで、自衛隊が他国で戦争状態に突入していくことを当然に想定しており、それも現場やせいぜい官邸での判断で行えることになる。関東軍の暴走で中国での戦争が開始されていったかつての我が国の歴史が繰り返されるのではないかと懸念されます。

これらの活動(軍事行動)が、海外で活動する日本人の安全を守るのならいいではないかというご意見もあるかもしれません。残念ながらそんなことはないと私は考えています。

アフガニスタンで井戸を掘り、医療、農業支援の人道支援活動をしてきた中村哲医師は、駆けつけ警護などが、実際には残虐行為を平気でする米軍の仲間とみなされ命を脅かされることを指摘しています。「武器等絶対に使用しないで、平和を具現化する。

それが具体的な形として存在しているのが、日本という国の平和憲法9条ですよ。それを現地の人も分かってくれているんです。だから、政府側も、反政府側も、タリバンだって我々には手を出さない。むしろ、守ってくれているんです」

 

4 安保関連法案が成立したら医療従事者が動員される仕組み

安保関連法案の中には、武力攻撃事態法の改定があります。

これにより、同法には、「武力攻撃事態」のほか、「存立危機事態」という項目が追記されます。「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、事由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態」を言う、とされています。具体的にどんな場合だよ?ということが議論になっていますが、例えば、石油を運ぶタンカーの通り道ホルムズ海峡に機雷がばらまかれたりしたような場合がこれに該当しうるそうです。それでは誰がここに機雷をばらまくというのでしょうか。イラン駐日大使は、原油などの輸出が今後増える可能性を挙げ、「なぜ封鎖する必要があるのか」と疑問を呈しました。また仮に封鎖されたとしても、日本は石油を備蓄していますし、パイプラインの建設計画もあるとの情報もあります。「国民の生命、事由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態」にはいたりません。

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こんな根拠の曖昧な存立危機事態ですが、時の政府が存立危機事態と宣言すれば自衛隊は防衛出動することができます。防衛出動ですから、これによって、都道府県知事の公用令書によって病院・診療所は管理されることになりうるわけです。

ただ、現実的には、これはアメリカが行う他国や他国地域での武装勢力との紛争において問題になることで、海外で発生する出来事ですから、それが直接の原因で病院・診療所が管理されることは想定しにくいでしょう。

問題は、存立危機事態への発展を受け、これが米軍や自衛隊から攻撃を受けた相手国・勢力からみて「先制攻撃」とうつり、そのことが原因でゲリラやテロを含む反撃がわが国に対して行われる場合です。この場合は、我が国の法制上は、「武力攻撃事態」となります。げんに政府自身、「存立危機事態は、武力攻撃事態に該当することが多い」と認めています。

問題は、存立危機事態への発展を受け、これが米軍や自衛隊から攻撃を受けた相手国・勢力からみて「先制攻撃」とうつり、そのことが原因でゲリラやテロを含む反撃がわが国に対して行われる場合です。この場合は、我が国の法制上は、「武力攻撃事態」となります。げんに政府自身、「存立危機事態は、武力攻撃事態に該当することが多い」と認めています。

「武力攻撃事態」となれば、武力攻撃事態法や自衛隊法により、地方自治体やその職員は、公用令書によって徴用されたり医療の提供への従事を指示されることになりますし、国民保護法により警報、住民の避難、避難住民の救援などに従事することも想定されます。

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 このように、「武力攻撃事態」となったということを受け、自衛隊法、武力攻撃事態法によって、「徴用」という形で戦争参加、従軍を義務づけられる場合が、法の形式としては想定されているということになります。

 さすがに、自衛隊員でもないみなさんが、遠い異国の地で従軍することまでは強制されないかもしれません。しかし、ある意味、みなさんが強制的にある種の業務に従事することを命じられるような場合とは、より私たちにとっては深刻で悲しい事態でしょう。それは我が国が直接テロやゲリラの標的になっているような場合で、国民の中に犠牲が出ている状況が考えられるからです。このことを想像すると、ご質問にあるとおり、「怖くて体がふるえる」事態といえます。

 

5 安保関連法案に関する私見

3で指摘したように、安保関連法案には、「殺し、殺される」関係を現出させ、海外での現地邦人をも危険にさらします。

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また、安保関連法案については、ほとんどの憲法学者が憲法違反と指摘しています。内閣法制局長官だった人たちも、裁判官だった人たちも、反対の声を上げています。私たち弁護士が全員所属している日本弁護士連合会も、それを構成する各地方単位会もすべて、この法案の成立に反対しています。

 全ては、戦争を禁じ武力の不保持をうたった日本国憲法に違反する法案であるからです。それは、私たちが、戦争の災厄を二度と繰り返してはならないという、私たちの父母、祖父母といった先人たちからの教えを引き継いでいることのあかしでもあります。

以上から、私は、この安保関連法案を成立させてはならないと考えています。

さらに付言すれば、私は、この安保関連法案の問題は、労働法制の改悪や社会保障制度の改悪、医療制度の改悪などの、他の国政上の課題とも密接に関係していると考えています。たとえば、労働法制改悪は、今年、安倍政権は派遣法の改悪、「定額働かせホーダイ」というべき長時間労働化を容認する労基法の改悪のための法案を国会に提出しています。これらの法案が成立すれば、働く者は間違いなく貧困に陥る。日本の政府は、なぜ国民がこのように貧しく荒んでいき、国の将来の見通しすら危うくするような政治をするのでしょうか。

私はそれが不思議で仕方ありませんでした。

しかし、岩波新書の「貧困大国アメリカ」シリーズで紹介されるアメリカの実態に照らせば、この疑問は氷解します。貧しい労働者は、軍隊に「志願」して、自分と家族の生活を何とかしようとするのです。つまり、国民を貧しくしておけば、徴兵制などしかずとも、軍隊の人手が確保できるのです。げんに、全国各地で、自衛隊は高校生へのリクルートを強めています。

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このことは、医療制度の改悪についても同じことがいえます。国民皆保険制度を破壊し、医療費の負担を自己負担にしていけば、やはり国民は貧しくなります。このことも、若者が軍隊に「志願」することの強い動機になるのです。

つまり、安倍政権は、たんに市場を開放して大企業を大儲けさせようとしているだけではなく、戦争する国家体制つくりをするためにも労働法制を改悪し、医療制度を改悪し、社会保障を改悪しようとしていると、私は思うのです。

安保関連法案は、こうした国つくりの中で、自衛隊が戦争できる仕組みを作っておくためのものなのです。

皆さん方都庁職病院支部に集うみなさんが、戦争に関わることがないようにするためにも、安保関連法案の問題点を知り、それを周囲に伝え、反対の声が広がるといいなというのが私の希望です。

(2105年8月24日 笹山 尚人)


病院支部「戦争法案」強行採決に反対する声明

安倍政権は9月14日の週にも、参議院で「戦争法案」の採決を強行しようとしています。病院支部は、憲法9条を踏みにじり、多くの国民の反対の声を全く無視して、何が何でも法案を決定しようとすることに、怒りをこめて反対します!

議論が進めば進むほど、この法案が、日本がアメリカとともに、世界中どこででも戦争ができるようにするための「侵略戦争法」だということが明らかになってきています。

そればかりではありません。8月12日に沖縄で墜落した米軍ヘリ「ブラックホーク」には、自衛隊の特殊作戦部隊が同乗していました。墜落したヘリは敵の船舶を強襲する訓練の途中でした。いまや法案の成立を待たずして、自衛隊が米軍の指揮の下、実戦に参加する訓練が着々と進められているのです。安倍首相は「国民の生命と平和な暮らしを守るため」の法案だなどと言っていますが、敵とみなした国に対して、同盟国アメリカの手足となって攻撃を仕掛けていくことが可能になる、まさに「戦争法案」にほかなりません。

しかも現在安倍政権は、国家安全保障会議(NSC)を設置して、軍事や外交など大事なことをわずか4人の閣僚で実質上決定できる体制をつくっています。そしてマスコミにも陰に陽に圧力をかけて、政府に批判的な報道を締め出そうとしています。「戦争法案」の強行とともに、民主主義も踏みにじられています。戦後70年の今日、これまでの日本のあり方が、危険な方向に大きく変えられようとしているのです。

法案が成立すれば、私達自治体病院に働く医療従事者は、まっさきに戦地にかり出されることになりかねません。「知らなかった」ではすまされないのです。 いま、国会前には、連日多くの市民、労働組合、学生、学者文化人、母親たち、ありとあらゆる人たちが集まり、反対の声が大きなうねりになっています。8月30日には「戦争させない・9条壊すな!総がかり行動」の呼びかけに応えて、国会前に12万人、全国300カ所で100万人の人々が反対の行動にたちあがりました。 病院支部は、これらの人々と連帯し、「戦争法案」の成立を阻止するために、全力でとりくみます!

2015年9月8日

病院支部執行委員会